シンガポール人が口を揃えて「目下のシンガポールの最大の問題」という中国の浸透は、わしの観察では意外な事で抑えられている。
わしが会った人でも「本当にあのアパートが25億円で買えるのか?安過ぎて信じられない。何か罠があるのでないか?」と真顔で訊いていてシンガポール人の リーさんやリャオさんを苦笑させている中国本土人のおっちゃんがいたが、現代中国人は「英語を喋る人間」に対してほぼ自動的な敬意を抱くようだ。
毎年毎年ひどくなる傾向として、ちょうどむかしの科挙のように「英語」で人間の「品」、あるいは民族の「品(しな)」を定めているようなところがあります。
本土中国人と話していると、この頃は「日本人の頭の悪さは、十年も英語を勉強しても挨拶も出来ない英語をみればわかる」という人が増えた。
そーなんですか?
と訊くと、ごく嬉しそうに中国人は十年勉強すれば、あんた達とふつーに話が出来るが、あいつらはバカだから。努力家ではあるのは認めるけどね、なんちたりしてます。
韓国人も、中国人に倣って、子供を3歳でニュージーランドに留学させる親が続出してニュージーランドではそれが社会問題化したりしている。
あれほど他のアジア人に対してエラソーな中国人たちがインド人たちに対してだけはえらく謙虚なのも、「英語」が背景としてありそーだ。

わしのシンガポール人の友達は親が中国から移住してきたひとでも家庭内では英語なので、訊いてみると「3歳から英語を必死で勉強する。それが上に行けるかどうかの初めの選別だからね」という。韓国と同じ。

で、その社会ごと英語化するのが中華系社会であるシンガポールが中国に同化されないで発展する唯一の道だ、という点でも社会的な合意を見ている。

posted : Wednesday, November 10th, 2010

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